ゆとり教育の目的について考察!

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今回はゆとり教育の目的について考えていきます。いったいどのような目的があるのか?また本当の目的を隠しているといった可能性もありますので分かる限りの情報を組み合わせてこのような感じなのではないか?ということを考えていきます。

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僕の解釈だと思って参考にしていただければと思います。

今回の内容はすごく難しいのでひとつの参考の意見だと思っていただければと思います。学校関係者ではありませんので、はっきりしたことはわかりませんが知りうる情報を組み合わせるとこのような感じなのではないのか?ということが憶測できます。あくまでも憶測ですが、真剣に考えていきます。

ゆとり教育の目的はできる人間とできない人間の分断だったのか?!

みなさんもよく聞くゆとり教育という言葉ですが、当然このようなことを打ち出すことには理由があるということです。しかしその本当の理由を隠している可能性があります。日本の教育ではできない生徒がなんとかできるようにならないかということを考えていた時期がありますが、このゆとり教育でそのことをとっぱらったのではないか?ということが考えられます。できない生徒を見捨ててできる人間だけを拾っていくということです。そうしたほうが管理しやすいということから本当の目的を隠してそのようなことをしていたのではないか?ということです。できる人間とできない人間をわからないように選んでいたという疑惑があります。実際にこのようなことを言っている人がおります。僕もそうなのかなと思います。ゆとり教育の目的は選別だった可能性がつきまといます。このようなことがばれてはいけないので当然隠していたということです。公立の学校はゆとり教育を受けますが、私立はゆとり教育をうけないところもあります。このことから私立の学校に人気が集中し、さらにゆとりの公立とゆとりでない私立の差がどんどん開いてしまうということです。経済的にゆとりのある親の子供がぐんぐん伸びて経済的に厳しい子供が伸びていけないという構造ができあがります。日本国の教育においてこのようなことが分からずに行われているということが悔しいことだと僕は思います。さらに考えられる可能性について触れていきます。

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日本の格差社会をあらかじめ狙っていたのではないか?!

ここ最近ですが日本は格差社会であるということが言われます。僕がリサーチして感じたことですが、このような格差社会を狙っていたのではないか?という可能性が浮上します。できる人間ができればいいということでできない人間はできないままのほうが都合がいいということも考えられます。このような考えでは日本国や日本社会がよくなっていくとは考えられません。多くの人が支える日本社会なので大多数がよくならなくては社会全体がよくなるということは考えられないと思います。日本の一部の人間たちには人が育ち、日本社会全体がよくなっていってもらいたいという願いや希望がないのかもしれないということです。そして衝撃的な内容について触れていきます。

ゆとり教育の裏側で語られない側面について。

寺脇研(てらわきけん)というミスター文部省と言われていた人物がいます。この人物ですが退職後に在日のインターナショナル・スクールコリア国際学園の理事ですがこの学校の教育プログラムに注目します。

■3か国語が話せるようになる教育

このことからわかりますが、全くゆとり教育ではないということです。文部省にいた人物が現役時代はゆとり教育をいっており日本の学校で勉強をそこまでさせない方針をとっていましたが、その後にインターナショナル・スクールコリア国際学園ではかなり教育プログラムを組んでいるように思います。この行動がゆとり教育を語っているのではないか?と思います。日本の戦後に分からないように行われているアメリカの日本の間接統治あるいは在日支配システムを強化しようとしているとも解釈できます。日本の学校内でどんどん格差が広がってしまいさらに在日支配システムで日本人と在日の人の差が広がっていくのではないでしょうか?このようなことが裏側で行われていたのではないか?あるいはそのようなことに気が付き考えて行動していかないとどんどん格差が開いてしまうのではないでしょうか?僕はこのような状況にあることが悔しいと思うので何かしらのきっかけになっていただければと思って記事を書いてみました。ということで今回の記事はここで終わりです。最後までごらんいただきましてありがとうございました。

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