植松聖の家族について調査!本人の生い立ちや事件後の現在についても考察!

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今回は植松聖の家族について調べていきます。また関連する植松聖本人の生い立ちや凶悪事件の内容や動機そして事件後の現在についても調べてまとめたので最後までご覧いただければと思います。ということで早速書いていきます。

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植松聖の家族・気になる本人の生い立ち・事件後の現在についてという流れです。

まずはじめに今回の記事の大きな流れから説明していきます。

まずは植松聖の家族について書いていきます。

そして今回の記事のリサーチで僕が感じた実は植松聖の生い立ちの中に相模原障害者施設●傷事件を起こすことと繋がりがあるのではないかな?という情報がありました。

さらに植松聖の起こした事件についてそして事件後の現在という順番で書いていきます。

ということでまずは植松聖の家族について調べていきます。

【うえまつさとしの家族】植松聖(うえまつさとし)の両親はどんな人なのか?

まずは植松聖の家族について調べていきます。

植松聖は父親と母親そして植松聖の3人家族です。

兄弟はいないということですね。

ということでまずは植松聖の父親から調べていきます。

いったいどんな父親なんでしょうか?ということが気になります。

植松聖の父親はどんな人なのか?

植松聖の父親ですが小学校の先生ではないか?という情報があります。

そして実は植松聖は先生になろうと考えていたという情報があることから父親の影響を受けて教師という道を目指していたのかもしれません。

そして多くの人が気になるのが植松聖の母親についてです。

ということで調べていきます。

植松聖の母親は漫画家の植松麻里?!

真相に関しては分かりませんが、植松聖の母親は漫画家の植松麻里ではないか?と言われています。

なぜ植松聖の母親がホラー漫画を描いている植松麻里ではないか?という噂が立つのか?という確証はありませんが実は植松聖が相模原障害者施設●傷事件を起こした後にかいた漫画がうますぎるということで実は母親の植松麻里の才能を受け継いでいることから植松聖も漫画がうまいのではないか?と言われています。

僕も植松聖の描いている絵はすごく上手いなと感じます。

そしてここから植松聖の生い立ちについて調べていきますが、実はこの生い立ちの中で違和感を感じる部分があるのでそのことを中心に書いていきます。

植松聖の生い立ちに実は事件を起こしそうな要因を感じるところがある?

実は植松聖の生い立ちですが悪い評判がありません。

しかし小学校時代に違和感を感じることがあります。植松聖が小学校そして中学校と同級生だった障害者がおり、その障害者が植松聖の頭を叩いていたということを本人が言っていることや実はこの障害者のお母さんが学校の送り迎えをしていた表情を植松聖は見ていたようですが重苦しい表情をしていたといっています。

このような植松聖の感じから実は小学生時代から障害者に偏見を持っていたのではないか?ということも感じます。

そして中学校さらに高校と進学していきます。

植松聖は高校生の時には彼女がいたという情報もあり、やや不良っぽい側面はあるものの女子からはもてていたのかなという印象を受けます。

そして実は植松聖の人生が大きく変わったのが大学の時ではないか?という情報があります。

いったい大学の時に何があったのか?ということについて調べていきます。

植松聖(うえまつさとし)は大学のときに多数の刺青をいれたって本当?

植松聖の人生が大きく変わったのが大学生の時ではないか?と言われています。

植松聖は帝京大学の教育学部に進学していますが、実は大学生の時に刺青を入れていたといわれています。

刺青をどんどんといれていって大学時代には彫師に弟子入りしていたという情報もあります。

また記事文中に書きましたが、もともと植松聖は教員志望だったようで教職免許はとりましたがこの刺青が理由で教員にはなれなかったのではないか?と言われています。

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まあそうなるなというかんじですね。

そして実は植松聖は大学時代に他にもよからぬことをしていたという情報があります。

そのことについてここから書いていきます。

植松容疑者(うえまつようぎしゃ)は大学で薬物をやったり半グレと付き合っていた?

植松聖は大学時代に大麻をしていたという情報があります。

実は大麻の陽性反応が出ていたという情報があり、大麻をしていたことは確実ということでしょうね。

しかし今回記事のリサーチでわかったことですが法律上大麻の所持が禁止となっていますが、大麻は覚●剤といった薬物とは異なり、使用禁止でないために大麻の陽性反応が出ても逮捕されないということみたいです。

また植松聖は大学時代にクラブ通いをしておりこのクラブでよからぬ不良や半グレと付き合っていたという情報もあります。

植松聖は大麻の使用そして半グレと付き合うという完全に人生がおかしな方向に進んでいたということですね。

そして植松聖は大学を卒業後に事件を起こす津久井やまゆり園に就職しています。

そしてここから植松聖の起こした事件とその動機について調べていきます。

植松聖が起こした事件の内容や犯行の動機と感じることについて。

植松聖の起こした事件ですが、津久井やまゆり園に侵入して入所者19人を●しています。

さらに入所者・職員計26人に重軽傷を負わせています。

ものすごく残虐な事件ということです。そして実は植松聖の動機と感じられる内容があるのでそのことについて書いていきます。

植松聖は津久井やまゆり園で働いていた時に施設入居者の暴言(障害者なんていなくなってしまえとか障害者は生きる価値がないというようなこと)や暴行していたといわれています。

さらに障害者に安楽死を容認するようなことを言ったりしたことから自己都合で退職ということになっていますが実質的に解雇だと思われます。

解雇されたことを恨んで犯行に及んだといわれています。

そして植松聖は事件を起こした後に出頭して逮捕されています。

ここからは植松聖が逮捕後に描いた絵がうまいと話題になった件について書いていきます。

植松聖が逮捕後に獄中でかいた漫画や絵がうますぎると話題になった?!

植松聖が獄中で書いた自筆漫画を掲載したんですがその漫画や絵がうますぎると話題になりました。

このことから植松聖の母親が漫画家の植松麻里ということで母親に似て漫画や絵がうまいのではないか?と言われたということですね。

植松聖が事件を起こした動機を漫画に描いたといわれています。

植松聖がかいた漫画や絵は『開けられたパンドラの箱』という本の中にあるようです。

このような植松聖の行動に対して世間の声は凶悪事件を起こしたにもかかわらず全く反省していないのではないか?という声も上がっていました。

ここからは植松聖が何を考えていたのか?さらに気になる現在について調べていきます。

植松聖(うえまつさとし)の現在について。

植松聖は事件後に横浜拘置支所に拘束されており今現在も拘束されていますが自分の刑は懲役20年くらいかなと感じていたみたいです。

死刑になるとは本人は思っていなかったようです。

そして2020年3月に植松聖に裁判員裁判で死刑と言い渡されました。

死刑判決が下ったということです。

障害者施設で19人の人の命を奪ったことや責任能力があったということを考慮しての死刑判決ということですね。

平成という時代の中で最悪な事件であり、日本国内のみならず全世界を恐怖を感じさせた相模原●傷事件の犯人に下されるしかるべき判決だと僕は思います。

解釈はひとそれぞれあることや考えが異なることも分かります。

昔から死刑に反対される人がいることも分かります。

その理由は国家が人の命の最期を決めていいのか?という主張なのかもしれませんが、僕の解釈では植松聖は19人の尊い命を奪ったのでそのことを考慮すれば死刑判決がしかるべきだと思います。

ということで今回の記事はここで終わりです。

最後までごらんいただきましてありがとうございました。

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