今回は123便の事故について調べていきます。今までに何回か調べていきますが、今回は異なった角度から考えていきますので最後までご覧いただければと思います。
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123便の謎は現在も真相や真実を誰も明かさないことです。
1985年8月12日におこった520名の人が亡くなった事故ということになっていますが、今もなお真相や真実を隠しています。この内容に関してはありとあらゆるかたちで隠します。実は有力な情報とされている相模湾から垂直尾翼の一部がでてきたということがありましたが、このことに関して完全に触れません。マスコミも触れないですし、調査委員会も全くここに触れません。ここから考えられることはこの垂直尾翼の一部がでると事故ではないということが分かるからであると僕は解釈しています。多くの人が自衛隊のオレンジエアが当たったというように思っているようですが実際はアメリカの空対空ロケット弾が当たったという可能性が非常に高いです。このことをひたすら悪しています。ボイスレコーダーも改ざんしています。垂直尾翼にはアメリカの空対空ロケット弾のあとがありこれが出てはいけないということであらゆるところで隠しているということでしょうね。そしてこの男も一緒に隠しています。
日航機墜落事故の真実を中曽根康弘は知っていたが隠していた。
中曽根康弘は123便の垂直尾翼が見つかった時にマスコミに報道規制をかけてこの話題を封じ込めていたということが分かっています。このことからも中曽根康弘はアメリカの空対空ロケット弾があたったということをわかっていたということです。分かっていたが隠していたということでしょうね。そしてこの内容に関して知っていた関係者がいますがおそらく口封じにあったのではないか?という疑惑について触れていきます。
日航機墜落事故の真相(真実)はミサイルが的中したと知った自衛隊員が●された疑惑について。
実はあまり語られませんがこの123便のあとに自衛隊員が多数亡くなっています。まず2人の自衛隊員が自ら命を絶ったということになっていますがここに大きな疑惑が出ます。首つり自●ということになっていますが、自分で首がつれないたかさで亡くなっています。踏み台がなければいけないのではないか?という高さで亡くなっています。その後に病院に運ばれていますが司法解剖も検死解剖もされていません。つまり口封じにあった可能性があります。この亡くなった自衛隊員が持っていた写真には垂直尾翼の部分の写真がありますが色が白黒赤ということです。つまりオレンジがないんですね。オレンジエアーではないということです。この後に数十人の自衛隊員が自ら命を絶っています。そしてこの123便の事故で注目される内容に事故現場が黒焦げだったという情報がありますが、これは誰がやったのか?ということで自衛隊員なのか?ということですがはっきりとわかりませんが日本の自衛隊の中にアメリカciaの傘下の国籍を持たない特殊部隊がいるという情報があり、その特殊部隊が黒焦げにしたのではないか?あるいは生存者を全員焼き●したのではないか?と言われています。この特殊部隊を在日米軍特殊工作部隊(パイナップル・ブリゲイズ)というと言われています。アメリカciaの暗●を専門に行うグループということでしょうね。日本人の自衛隊員が日本人を焼き●したということは理解できませんが、このアメリカciaの特殊部隊の犯行ならばつじつまがあうとも考えられます。このようなことからもわかりますが123便の事件は520名の方が亡くなった以外にも様々なことを隠しているということです。そしてそのことを知った自衛隊員が口封じにあったりその後自ら命をたったりというようなことになっているということです。このようなことまでしてこの事件を隠すということです。証拠こそありませんがこのような情報まで分かっているので真相が明らかになることを望みます。ということで今回の記事はここで終わりです。最後までご覧いただきましてありがとうございました。